余部と書いて「あまるべ」ってなかなか読めないですね(駅名は餘部です)
「あまるべ」読む人の多くは、私の年代なら、1986年(昭和61年)暮れ。
山陰本線余部鉄橋通過の客車(7両)が、日本海からの強風にあおられ
41メートル下に転落し、鉄橋下の工場や民家を直撃した
悲惨な列車事故に思いを馳せるのではないでしょうか
詳しい事故の様子は ここ
兵庫県香美町公式ページ こちらでは動画で詳しい説明がなされています
私も今回の旅の最後に、帰路とは真逆のこの地を訪れたいと切望しました
この目で41メートルの高さを見てみたいと思ったから・・
この旅行の機会を逃すと、この地を訪ねる機会はないように感じられたから・・
百聞は一見にしかず
数字で41メートル。わかっていても、その高さに驚きます
遠くから「あれだ!」ってわかる
道路ではなく線路です


2010年に新しいコンクリートの橋になりました
昔の橋梁(きょうりょう)は現存。


昔の鉄橋 但馬事典より拝借

資料館資料より
今、山陰本線余部駅は、空の駅として整備され
41メートルの上までエレベーターで瞬時で運んでくれる



民家の屋根が小さくなって高さを感じる

右が現行の線路
脇に歩道が整備されている

こちらが歩道
当時の線路がそのまま埋め込まれていました
前方に背が高く見えるのがエレベーター

姫新線の余部駅(よべえき)と区別するため餘部と表記

41メートルの高さから見る日本海。絶景かな

丁度、列車が入線してきました




旧の線路の一部が残されている・・

1988年 橋脚の下には慰霊碑が建立された

毎年、命日に供養がなされていましたが、2010年新たな橋が完成し
供養は区切りを迎えた

エレベーター横に当時の橋げたが二基(二本?)残されている
隣接する「道の駅」で余部駅の歴史資料を熟読
記憶が途切れていた部分が繋がり、また知らなかった部分を知る事が出来
ちょっと遠回りしてもらって、立ち寄れた事はうれしい事でした
道の駅では、昔の鉄橋の部分を使ったお土産品も並んでいました


時代系列覚え
明治45年 余部鉄橋が出来、山陰本線がつながる
ただ、鉄橋は出来ても余部駅はなく、住民は41メートルの高さまで登り、鉄橋線路を隣の駅まで歩く
余部鉄橋が出来て47年後。余部駅が出来る(昭和34年の事)


道の駅の前で地元の方と思われるシルバーカーを押す老人に、少し話を聞く
私 今は、エレベーターで昇る駅。エレベーターが出来るまでは・・
老人 山道を登っていました。今の様に整備されていませんでしたよ
私 大変でしたねぇ
老人 列車が有難かったから
最後の一言が身に沁みました

香美町観光HPより
「あまるべ」読む人の多くは、私の年代なら、1986年(昭和61年)暮れ。
山陰本線余部鉄橋通過の客車(7両)が、日本海からの強風にあおられ
41メートル下に転落し、鉄橋下の工場や民家を直撃した
悲惨な列車事故に思いを馳せるのではないでしょうか
詳しい事故の様子は ここ
兵庫県香美町公式ページ こちらでは動画で詳しい説明がなされています
私も今回の旅の最後に、帰路とは真逆のこの地を訪れたいと切望しました
この目で41メートルの高さを見てみたいと思ったから・・
この旅行の機会を逃すと、この地を訪ねる機会はないように感じられたから・・
百聞は一見にしかず
数字で41メートル。わかっていても、その高さに驚きます
遠くから「あれだ!」ってわかる
道路ではなく線路です


2010年に新しいコンクリートの橋になりました
昔の橋梁(きょうりょう)は現存。


昔の鉄橋 但馬事典より拝借

資料館資料より
今、山陰本線余部駅は、空の駅として整備され
41メートルの上までエレベーターで瞬時で運んでくれる



民家の屋根が小さくなって高さを感じる

右が現行の線路
脇に歩道が整備されている

こちらが歩道
当時の線路がそのまま埋め込まれていました
前方に背が高く見えるのがエレベーター

姫新線の余部駅(よべえき)と区別するため餘部と表記

41メートルの高さから見る日本海。絶景かな

丁度、列車が入線してきました




旧の線路の一部が残されている・・

1988年 橋脚の下には慰霊碑が建立された

毎年、命日に供養がなされていましたが、2010年新たな橋が完成し
供養は区切りを迎えた

エレベーター横に当時の橋げたが二基(二本?)残されている
隣接する「道の駅」で余部駅の歴史資料を熟読
記憶が途切れていた部分が繋がり、また知らなかった部分を知る事が出来
ちょっと遠回りしてもらって、立ち寄れた事はうれしい事でした
道の駅では、昔の鉄橋の部分を使ったお土産品も並んでいました


時代系列覚え
明治45年 余部鉄橋が出来、山陰本線がつながる
ただ、鉄橋は出来ても余部駅はなく、住民は41メートルの高さまで登り、鉄橋線路を隣の駅まで歩く
余部鉄橋が出来て47年後。余部駅が出来る(昭和34年の事)


道の駅の前で地元の方と思われるシルバーカーを押す老人に、少し話を聞く
私 今は、エレベーターで昇る駅。エレベーターが出来るまでは・・
老人 山道を登っていました。今の様に整備されていませんでしたよ
私 大変でしたねぇ
老人 列車が有難かったから
最後の一言が身に沁みました

香美町観光HPより
御冥福を祈ります