お店の方の片付けを、連休中から「終活」と名付けて、
少しづつ進めています

義母との同居に踏み切ったものの、
私の中では「いつか帰る家」として
お店の方の家を位置づけていました
(キッチンや浴室のリホームをしてすぐでしたから)

引っ越しも、必要最低限の物だけを持って、
生活の匂いをそのまま残してきた家でした

あれから6年(笑)

すっかり、こちらの家の生活に慣れ親しみ
(住めば都とはよく言ったものです)
生活環境が抜群にいい事が、
年を重ねた身には、何よりも有難く
(スーパー。郵便局。バス停。ごみ集積場。すべて近く)
いつのころからか、店の方に帰る気持ちは失せていました。



お店の住居部分の整理。始めたものの
今の家では見つけられない「思い出」が
沢山あって、手に取る物手に取る物が懐かしく
片付けが進まなくて。。。
手を休めて見入る事ばかり。

思い切った断捨離ができないんです

主人に言わせれば
「あっちのゴミをこっちに移動させてるだけ」だそうです
言えてる。。。。
確かにねぇ。。。

一生懸命グリコの景品を集めたこんなん出てきました
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足踏みのミシン。
ミシンの部分だけを、ポータブルにするお宅もあったと記憶

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丸い食卓。
我が家が使っていたのは、丸の中心に穴があって、七輪を置いたりできました
滅多にない「すき焼き」の日は丸い穴の蓋を取ったものです


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脱水のない時代の洗濯機
ローラーをくるくる回して、洗濯物をお煎餅のようにしました
懐かしい。。


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洗濯桶と洗濯板

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近所の駄菓子屋さんはこんなんだったと、記憶の糸が繋がり始めました
私の子供のころは、このようなレジはなかったと。
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給食
牛乳が嫌いだった私。一人残されて牛乳を飲んだ思い出ばかりで
給食にいい思い出は残っていません(笑)


昭和の時代の生活。。遠い記憶の中となりました