冠婚葬祭

67歳のお誕生日

17日 主人の67回目のお誕生日でした。

67歳かぁ~~~

日曜日(23日)に娘夫婦が、
主人の67歳のお誕生日を祝うために来てくれました

孫2人からは、じいちゃんおめでとうの葉書が、届いています

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こんな素敵な季節の切手でした

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お父さんの好みを知る娘夫婦からは、
大好きなお米の汁。。。

私は朝から台所
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ちらし寿司を作りました

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お刺身は、鯛。ヒラメ。中トロ。まぐろ。奮発しました
掘りたて、ゆでたての筍のお刺身も。

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用事で訪ねて来られたご近所さんまで引っ張りこんで
楽しいBBQでした


67歳。借金なし(たぶん)
年金生活だけど、誕生日を祝って帰って来てくれる子あり
誕生日を祝って、手紙をくれる孫あり。
幸せな老後が訪れてきますように。。



一周忌

昨日は今年1月14日に急逝した義父の一周忌法要でした。
初七日から始まって、四十九日。百か日。初盆と、お参りに明け暮れた年でした。
終わったぁ~~~って言うのが実感です。

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一周忌を済ませて、ホッ!
次なるは総勢21人お正月の準備だ!
喪中なのに。。。

娘の家の地鎮祭

昨年7月に結婚した娘。

幸せなことに、家を建てることになりました

結婚式をした熱田神宮から、そう遠くはない場所
(車に乗れない私も、行きやすいところでよかった(笑))

9月10日。抜けるような青空(暑い)地鎮祭が執り行われました

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地鎮祭を済ませ、娘夫婦が昼食を用意してくれました
お店はここ
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塗りのお盆の上には、ナプキンの代わりに、布巾よりやや大きめの綿の布
持ち帰って「布巾として使ってください」とのことでした


先付、前菜、食前酒、椀物、焼き物、
おしのぎ、煮物、酢の物、止(ごはんとお味噌汁)、
水物、甘味、お抹茶の順に運ばれてきます。

 

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このような御馳走をいただきながら
「車ですから」と大好きなお酒をいただけなかった無念さ!(笑)
主人の顔にありありと出てました
(婿殿のお父様にも、同じことが言えそうです)

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食事はちりめん山椒と青菜の入った「おこわ」と赤だし


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お腹いっぱい。。と言いながら
出されたデザート・・冷たく冷えた白玉ジュレ。おうすとともに・・
おいしくいただきました


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お店の玄関で・
婿殿のお母さまが、体調が悪く、この日はご一緒できませんでした
両家揃っての会食も、回を重ねるごとに、会話も弾み
楽しい食事会でした

娘夫婦に感謝です



88回目のお誕生日

昨日、9月1日は、義母の88回目のお誕生日でした

昨年のお盆に、

義父の卒寿(90歳)のお祝いと、義母の米寿を、

子供。孫。ひ孫みんなでお祝いしましたから

今年は主人とおばあちゃんと私。3人でお祝いしました

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ロウソクなしのケーキ。大喜びの母でした

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朝からチラシ寿司を作りました

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頂いた粒あんが有りました。

おはぎを作ろうと思っていたのですが、

思いついて水羊羹にしてみました

水羊羹とチラシ寿司を、お隣におすそ分けしたら。。。。


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素敵なアレンジフラワーが届きました。

エビで鯛を釣ったようで。。。。

申し訳ない事になってしまいましたが、

母はとても喜んで「88年。花をもらった事がない!
初めてや!」って・・・・

そうかなぁ~~何度も贈ったのに。。nonki心の叫びです!





おじいちゃんの初盆


今年1月14日に急逝した義父の初めてのお盆がきました

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親戚縁者が集まって、初盆の法要
暑さを避けて、夕方から。。

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二間続きのお座敷。エアコンフル稼働
座敷に入りきれない身内は、リビングから・・

お葬式のあと、四十九日。百箇日と
たくさんの供養のお参りがありました。
初盆を済ませると、来年の一周忌まで、少し息抜きができるかな

法要の後、親戚が寄って、お仏壇の前で食事会。

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どこかに食事に行くことも考えましたが、
高齢の母を連れては大変ですから。。
仕出しのお弁当をみんなの数だけ用意しました

おじいちゃんが亡くなって、丸7か月。
ずいぶん遠くまで旅立ってしまったかな。。。
残された家族はみな元気に和気あいあいとやってます。
おばあちゃんも、元気ですよ・・・
見えますか。。。

快気祝

15日。朝から義母の退院を祝って
お赤飯を炊きました

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考えてみれば、41年前。
新婚旅行から帰った私たちに、
義母の用意してくれていたのがお赤飯

長男が生まれて、病院から帰宅した折にも、
義母はお赤飯の用意をしてくれました

子供たち(孫)の小学校入学の日も

娘の成人の日も、娘の大学卒業の日も

必ず、義母は美味しいお赤飯を用意してくれました

今度は、私が義母のために用意する番です

お赤飯の用意が出来て、心づくしの献立が並び
兄、妹、弟 三夫婦で、おばあちゃんの退院祝い
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お友達のところの仕出しをお願いしました

いつもは、早くベッドに入る義母ですが、
この日は、みんなの話を聞いているのが楽しいと、
席を立とうとしませんでした

賑やかな話し声と笑い声は、夜遅くまで続きました。

おじいちゃんが居たらな。。。って義母のつぶやきは、
隣にいた私しか聞こえなかったかな。。
おじいちゃんも、きっと、兄弟妹仲良く
母を囲んで食事してるのを、喜んでくれているはず


弟夫婦は一泊し、翌日、帰って行きました

子供たち三人に囲まれ、ことのほか、うれしそうな義母でした


義父の法要

3月6日 父の7・7日法要でした。
早いもので。。。というか。。
毎日の生活に流されながらの時間だったように感じます。

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葬儀以後、お仏壇のお花は白の菊のみでしたが、
49日にして少し、色の混じったお花に変わりました


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午後4:30分からの法要には親戚縁者の方々のお参りを受けて、
賑やかなお参りとなりました

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お葬式の後、葬儀社からの配慮でいただいた不祝儀の袋
実にたくさんのお布施の袋がありましたが、
毎回の法要のたびに少しづつ減って(笑)

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やっと残り3枚(百箇日。初盆。永代経志料)となりました。
写真の不祝儀袋書きが「永代供養料」となっていますが
浄土真宗の間合い「永代経懇志料」となります



おじいちゃん3


おじいちゃんの部屋から、何冊もの日記が出てきました

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毎日、夜、寝る前に書き込んでいたようで、
事細かに記載されたノートは几帳面だったおじいちゃんらしいものです


1月13日の夜の記録まで書き込まれ、
14日にはつながることがありませんでした


12月31日 義母が救急車で病院に行った日の日記

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亡くなる前日の日記には、
洗濯が大変だったとの記載
近くの薬局で尿とりパットを買ったとの記載がありました
亡くなるその時まで、いつもと変わりない生活だった事がわかります

人それぞれに人生の幕の下ろし方は様々だと思いますが
我が家のおじいちゃんの幕引きは、実にあっぱれ!であったと思います

出来る事は自分で。
息子夫婦になるべく世話を掛けないようにとの思いから
頑なに同居を拒み続け、
1人で義母の退院を待とうと思っていた様子が、
書き残された文面から感じられます

今、私は3月初めの忌明け法要の準備に追われています
初めてのことで、近所の友人に聞きながら、事を進めていますが

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平成6年の法事から記録が残されていて
来月の法事準備に参考にすべき事が事細かに記録されていました

65歳の我が夫婦。これまで、おじいちゃんの背中は
人生の先を歩き、一条の明りのように思っていました

今、65歳にもなった我が夫婦。先を行く明りを失いましたが
このような形で、残してくれた
おじいちゃんからのバトン
私たち夫婦がしっかりと受け取らないとね。


おじいちゃん2

1月14日。義父が他界しました。90歳
いろいろな苦労を乗り越えての大往生だったと思います


どんなにつらい事があっても、一晩が過ぎれば、必ず、朝が来るものと思っていました。
眠りからさめれば、必ず、朝が来るものと思っていました

朝の来ないことを今更ながらに知ったおじいちゃんとの突然の別れでした。

嫁いで40年。常に人生の先を照らし、先を行く明りとなってくれた義父でした


以下 備忘録
その日(1月14日)夕方(六時頃)夕飯を届けると(主人が)いつもと変わりない状態で、義父が受け取ってくれた由


翌日(1月15日)午前中に、義母の入院先で、転院を含め、退院後の生活についての話し合いに主人と出かける。

同居をかたくなに拒否し続ける義父母には、2人そろって(夫婦部屋)、施設にお願いする事に決め、そのような施設を探していただくようお願いし、義父に承諾を得るため、実家に行く。

お昼を大きく回っているにも関わらず、実家の雨戸は締まったまま。
エアコンの室外機は回った状態。寝室の明りが洩れていました。


大慌てで中に入ると、呼べど返事のない義父がいました。

死亡診断のため、かかりつけの医師に連絡。
すぐに駆けつけてくださいました

それからの日々。正直なところ、目の前の事を消化していく事に精一杯。近所の友人に聞いたり、町内の長老に聞いたりで、一連の儀式をすませ、気がつけば、2・7日(ふたなのか)
娘がしばらくこちらに居てくれて、何かと力になってくれました。

昔の色濃い当地ゆえ、初七日以後、7日・7日のお参りがありますが、最近は、ずいぶん簡素になって、初七日はお葬式の日に済ませ、2・7日(ふたなのか)3・7日(みなのか)を纏めて行うようです。

昨夜は2・7日(ふたなのか)と3・7日(みなのか)のお参りでした
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寒い季節の夜のお参り。親戚の方には本当にご迷惑をかけましたが、
田舎ならではの「お互い様」の気持ちから、
皆さんが気持ちよくお参りして下さり、感謝です
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私どもの感謝の気持ちを添えて
お供えいただいた品の「お下がり」のお菓子とともに
御持ち帰りいただきました

2月14日には初命日 4・7日 5・7日のお参りをし
3月6日には、7・7日(しじゅうくにち)の法要の予定です


年末から頸椎損傷で入院している義母
今回の事の次第を、どうやって、いつ、だれが告げるかと、最大の難問でした。
知らせないわけにもいかず・・・・・
(葬儀に参列しました)
この件に関しては、また、聞いてくださいね

葬儀後、主人の実家で、1日の生活の大部分を過ごしています
インターネットに接続出来ない環境で不自由この上ない生活が、しばらく続きそうです


みなさんから、お悔やみの言葉や、私の体を気遣って下さるコメントなど、
たくさんにありがとうございます
(義母の入院経過にもコメントをいただきながら、
御返事が出来ていません。すみません)

それぞれに、コメントとして、お返しするのが本意ですが、
生活環境がゴロッと代わり、
また、メンタル面で案じられる義母に寄り添う時間を最優先と考え、
落ち着きのない日々を過ごしております

皆さまのブログにお邪魔する気持ちの余裕もなく
いただいたコメントに御返事を失礼させていただいております事御許しください





おじいちゃん

14日夜。義父が急逝いたしました。

諸事情が重なり、やっと、今夜お通夜。明日告別式の運びとなりました。

しばらくブログ更新。お休みします
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