冠婚葬祭

10年前の昨日

昨日は42年前の思い出を活字にしてみましたが、
今日は10年前の出来事を振り返ってみました

2011年2月8日。夜11時30分
入院からわずか10日で実家の父が急逝した日です

その日は、朝から小雪がちらつき、底冷えのする寒い日でしたが、なぜか、父を見舞おうと考えバスに乗って病院に出向きました
病室で何気ない会話をし「また来るわ!」「また来て!」と別れた日の夜半
突然の電話に、ブルブル震えた事が鮮明に思い出されます

翌9日通夜。10日葬儀告別式
流れ作業のごとくに事が運びました。

当時、義理の父が第二腰椎圧迫骨折で、神経に触った状態で身動きすることすらできず、痛みに顔をゆがめた状態の日が続いていて、ペインクリニックへの通院など、私は右往左往しておいり、正直、実の父どころではありませんでした
実の父が入院した事を母から聞いても、すぐには行ってやることもできず、安易に構えていたことも事実です

まさか。。入院からわずか10日で逝ってしまった父の最期
別れとはあのような簡単なものなのかしら。。と思いながら
「また来るわ!」「また来てな!」最期の言葉が胸につかえたまま10年が過ぎました



お母さんになった日

42年前の昨日。
朝7:30に、私はお母さんになりました

結婚5年目。何度も何度も流産のつらい目に合い、
やっと、わが子と対面した時の感激は今もはっきりと覚えて居ます

「まぁ。。。モンチッチみたい」

初対面のわが子 

毛深くて。。
まさにモンチッチのようでした。

42年前の2月7日

一年のうちで一番寒さが厳しい2月ですが、
長男の生まれた日は、
ぽかぽかと病室に差し込む陽が温かく、
そして、そのぽかぽか陽気は、
なんと、入院している一週間。
毎日、続きました


長男は、比較的運のいい人生を歩んでいるように思います

産声を上げたその日の太陽が、
その後、長男人生のお守りのような気がしています
(俺の努力や!っていうかも)

親をとっくに飛び越えて、
社会を師とし、身の丈に合った生活の中で、
今後も、太陽をさんさんと浴びた人生であってほしいと願います。

私のもとに生まれてきてくれてありがとう
私をお母さんにしてくれてありがとう
育児の楽しさをたっぷり味わわせてくれてありがとう


神様

先日、くちこちゃんのブログで、
神様のお札を立てるものを、作っていらっしゃいました

彫刻刀で器用なくちこちゃんは、作られたようです

ブログを見て「これだ!」って。。
私が長く思っていた物。
こんなような物が欲しかったのです


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我が家の神棚は、中央に伊勢神宮のお札 
右に氏神様のお札が並んでいます
(毎年、暮れに、宮世話の方が2つの新しいお札を
持って来てくださいます)

氏神様のお札は、お社に凭れ掛かった状態で
ものが当たると、倒れてしまう事も。
ずーーーと気になっていました

くちこちゃんのブログを、主人に見せて、
このような物を作ってほしいと。。。

電動のこぎりを持ち出し、作ってくれました
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ご近所さんにも、「よろしかったら。。」とお裾分けしました
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世界中でコロナに振り回された一年。
まだまだ猛威から逃れられそうもなく、
このような時ですから、
神様のお住まいも少し整理してみたいと思った事でした

春の訪れ

甥が結婚する事になったと、義弟が言ってきました

主人の弟の所の次男坊です

このご時世の事ですから、結婚式も披露宴もなし。。

この甥の結婚で、我が家の甥。姪の結婚はすべて終了

留めそでを着ることももうないのかと。。。

もう一つの春は、毎年、この時期に義妹がもって来てくれる白魚

桑名赤須賀漁港で水揚げされた白魚です

三重県桑名市は、天然白魚の産地です

この時期、伊勢湾から揖斐川の河口へさかのぼる白魚は、

春を告げる魚として珍重されますが、漁獲量が極端に少なく、
100g1500円くらいするので、自分では買ったことがありません

お昼に上がったばかりの新鮮な白魚だよ。。。って言ってもって来てくれました
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お刺身でさっそく頂きました


雑学入門
「白魚」には、サケの仲間のシラウオ科のウオと、

ハゼ科のウオとがいる。漢字で書くと「白魚」


読み方に、ラとロの違いがあるだけで、名前こそ似ているがまったく別の種である。

産卵場所が砂質を好むのがシラウオで、玉砂利を好むのがシロウオという話

よく似たお魚ですが、値段的には雲泥の差なのです



と。。。我が家には、春の話題が訪れましたが、まだまだ、今朝は庭一面に霜。寒い!
皆様ご自愛くださいね。




50回忌に思う

昨日は、実母と実弟の50回忌の弔いでした

45歳。胃がんで亡くなった母
15歳。狭心症で亡くなった弟

14日に実弟。5日後の19日に実母。50年前の11月のあの日。

忘れられない日となりました

今の医学なら延命できたかも。。との思いがあるのですが
ただ、時間というのは、ものすごく有難いもので、
日に日に。。年々。。。
2人の思い出は悲しみの中にあるのではなく、
セピア色した懐かしい物となっています

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親の50回忌を執り行うのは不幸な事だと、聞きます
それだけ、早くに(若くして)
親と別れたという事だからでしょうか・・


一般的には、50回忌を最後の法要とし、
弔い上げと呼ばれ、おめでたい事としてとらえられるようです。

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赤いロウソクや、お供え物の花に松がありました。

いつの間にやら半世紀が過ぎてしまいました。。。
と言うのが実感です

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母は8人兄妹ですが、一緒に悲しんでくれた叔父や叔母の多くは亡くなり、
今、104歳の姉。90歳の妹。86歳の妹が存命です.
それぞれが高齢ですし、
従妹に迷惑も掛かることですから、
法要は私一人で二人の納骨されているお寺に出向きました

二人のお位牌に向かって、新しい報告もなく、
ただただ、日常を見守ってくれたことに感謝 


弟が亡くなり、19歳で急に一人っ子となってしまった私ですが、
夫と縁をつなぎ、男女の子供にも恵まれ、
実母が体験できなかった孫2人にも恵まれ
幸せな時間を送っていることに感謝し、
お位牌に合掌してきました

母と弟の。。二人の弔い上げができたことは、私の喜びです。


友人の訃報

4月になって、相次いで、
同じ年(1950年 昭和25年生まれ)の友人を失った

Aさんは、同じ町内に住む方で、
息子の友達のお母さん

病気だったらしい。。と後で聞くも、
確か1月だったかなスーパーで会い、
立ち話
2月には用事があって、電話で長話もした。

そんな彼女の訃報に触れ、複雑な思いに駆られてます

Bさんは、半世紀にわたる友人のご主人様
ご主人とも親しく話す仲だった
先日の夜遅くの友人からの電話

「のんきちゃん。〇〇が亡くなったわ。。。」と始まった
「???」

「なんで!なに!どうしたん!」
矢継ぎ早に聞き返す

彼女は意外に冷静で、
「16日。午後。。。心筋梗塞」

すでに、葬儀は18日に身内だけで済ませたからという

私の思考回路は崩壊し、
長く彼女と話したものの、内容は覚えていない
眠れぬ夜だった

彼女が言うには
朝ごはんも普通に済ませ、
畑仕事に出掛けられ、そのままの別れとなってしまった。


長く連れ添った夫婦の別れが、
こんなにもあっけない物なのだろうか


翌日にでも飛んで行って、
遺影を眺めて手を合わせたい衝動に駆られるも
このご時世の事。遠慮させて頂き、
後日世の中が少し落ち着きを取り戻したら、
ご仏前をお参りさせていただこうと思っている

別れは必ず来るもの
生まれ持って来た寿命だから。。。と
理屈ではわかっているのですが
気分のふさぐ事には違いありません

私たちの年代は、古希を迎え、
人生の大きな節目の年となりました
健康に気を付けて、毎日を大切に暮らさねばとの思いを
新にしております

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合掌



古希だって!

昨日、主人の70回目のお誕生日でした

古希の祝いとして、
息子や娘の都合のいいときに一緒に。。。
と思っていたのですが、
このような事態となり、GWも帰省できそうにもなく
家で3人でお祝いしました


ちらし寿司を作って。。。

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主人の好きな山菜を並べて・・・

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タケノコの煮物  タケノコのお刺身
ワラビのサラダ



春巻きとイクラおろし
スナップえんどうは、今年初なり
たった8つ(笑)
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先日、食品収納庫の整理をしていたら、
不室屋さんのお吸い物が少し出てきました
お吸い物とお味噌汁。。
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ちらし寿司と一緒に頂きました

千葉の孫から手紙が届きました
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息子から魚の捌き方の本(笑)
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この本を参考にして、釣った魚の血抜きをすれば
1週間後に熟成して美味しくなるとのこと
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主人は釣りをして、海で速攻に血抜きして
持ち帰ってくるのですが
その方法とは違うらしい。。

主人も70の手習いといきますかね(笑)

下孫からの手紙には、コロナに負けないで
今度行くときまで死なないでくださいって!
死なないで待ってるよ!
飛悠君。叶ちゃん。お手紙ありがとう

雛の食卓


ひな祭りにちらし寿司を作ったよ。
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ハマグリのお吸い物と一緒に。

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明日も食べないと!

子供たちと一緒のころには、5合の炊飯だったのに・・
今、おばあちゃんと3人。2合の炊飯でも翌日まで・・


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また来年ね。

やさしい顔

節分が過ぎ、初めての大安の日
今年は4日でした。
お雛様を飾りました。
座敷がパッと明るくなりました


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掛け軸は私の生まれた時。母方から贈られたもの。
私と一緒に70年近い歩みです
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持ち主と同じ、あちこちシミが目立ちます。
掛け軸と一緒に母方から贈られた
私の幼い頃の記憶にあるお雛様は、御殿飾りと言われる
組み立てが非常に面倒なものでした
私の成長とともに、雛を飾ることも少なくなり
いつの日か押し入れの奥に眠ったまま
やがて処分となりました

画像のお雛様は、昭和25年
木目込み雛が出始めたころのもの

大手のお人形屋さんが倒産前に処分とされた品で
実家の父が買ってくれたものです
(人形の制作が、私の生まれ年と同じであった事。
木目込み雛の第一号だという事が
購入の決め手だったようです。
お値打ちに買い求めました)

我が家に嫁いでからまだ20年くらいかな。。
私の大切にするお雛様です

例年一緒に飾っていた娘に贈られた親王飾り
昨年から、娘の家で飾られています


久しぶりの子供の声

例年、20人を越す親族が集まっての新年会も、
今年は皆さんが私の負担を考えてくださって、
お茶会となりました

4日午後、義弟家族。甥や姪家族。義妹 
11人を迎えてのひと時でした

お茶とお菓子でおもてなし。

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トランプが始まって、一段とにぎやか
久しぶりに、お座敷に子供の声が響きました

91歳のおばあちゃんも、楽しそうでした

今年は息子家族の帰省がなく
娘夫婦は2日に
義弟妹は4日と分散してくれたので
私は非常に楽でした

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