2016年02月

おじいちゃん3


おじいちゃんの部屋から、何冊もの日記が出てきました

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毎日、夜、寝る前に書き込んでいたようで、
事細かに記載されたノートは几帳面だったおじいちゃんらしいものです


1月13日の夜の記録まで書き込まれ、
14日にはつながることがありませんでした


12月31日 義母が救急車で病院に行った日の日記

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亡くなる前日の日記には、
洗濯が大変だったとの記載
近くの薬局で尿とりパットを買ったとの記載がありました
亡くなるその時まで、いつもと変わりない生活だった事がわかります

人それぞれに人生の幕の下ろし方は様々だと思いますが
我が家のおじいちゃんの幕引きは、実にあっぱれ!であったと思います

出来る事は自分で。
息子夫婦になるべく世話を掛けないようにとの思いから
頑なに同居を拒み続け、
1人で義母の退院を待とうと思っていた様子が、
書き残された文面から感じられます

今、私は3月初めの忌明け法要の準備に追われています
初めてのことで、近所の友人に聞きながら、事を進めていますが

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平成6年の法事から記録が残されていて
来月の法事準備に参考にすべき事が事細かに記録されていました

65歳の我が夫婦。これまで、おじいちゃんの背中は
人生の先を歩き、一条の明りのように思っていました

今、65歳にもなった我が夫婦。先を行く明りを失いましたが
このような形で、残してくれた
おじいちゃんからのバトン
私たち夫婦がしっかりと受け取らないとね。


庭の梅


実家と自宅を行ったり来たり。
落ち着かない日々で、季節の移り変わりにも、気の回らないような
忙しい日々の中、いい香りに見上げた先は、梅の花。

自宅庭の5本の梅の木が満開です

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写真の梅の木は、
「緑顎梅(りょうがくばい)」と言う種類です
お花が、薄い緑色をしています

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この梅の顎は緑です

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炬燵の中から、カメラのズームを最大にして、ガラス越しに撮った写真です

白梅の木は鳥たちの格好の遊び場です。
この日は、メジロが遊びに来ていました
あちらの枝にこちらにと、ずいぶん長い時間、飛び交ってました

忙中閑あり。。
朝食後のひと時、炬燵に入ってメジロを見られる環境にニンマリです

おばあちゃん3

一昨日は、おじいちゃんの初命日でした
4・7日5・7日の法要と一緒に、濃い身内が集まって、
初命日の法要を済ませました。

あとは、来月初旬の49日法要で忌明けとなり、
一区切りとなります

ところで、おばあちゃんは、リハビリ頑張ってます。
スタッフの方のやさしい言葉掛けと、親切な気遣いに、ご満悦
一日3回(一回1時間)のリハビリの御蔭で、まずは、紙おむつが取れました。
そして、車いすを一人で操作し、トイレに行くことができるようになりました。

スタッフの方の手厚い介護に頭が下がります。

一応、五月末までの予定が組まれていますが、
本人の「やる気」次第で、家に帰るのも早くなるかも。。

あちこちの病院を紹介していただきましたが、
この病院にして良かったと思ってます

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たくさんのスタッフの方。皆さんがとても優しいと義母は言います
義母の心待ちにするお風呂は、温泉です

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湧き出る温泉は、一般の人も利用可能

一階にはアトリウムと呼ばれる明るい空間があって
足湯の設備も(一般の人用)
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車いすの人用の足湯も

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至れり尽くせりの施設で、義母いわく「天国のよう」だそうです
義父を亡くした悲しみも、日に日に癒えてきたみたいで
涙の回数も少なくなりました

気候も良くなって、もう少しリハビリが進み
体力が回復してきたら、屋外のリハビリ遊歩道にも出られそうです

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春の終わりには、手押し車で歩けるようになるかな。。

そんな期待を持って、洗濯ものを取りに行く私の足取りは軽いんです!

ありがとうの言葉

先日の朝、主人がおもむろに言い出しました。

「R子ちゃんが、「のんきさんに「お世話になったね。ありがとう」って言った?」って聞いたんだそうです

Rこちゃんは、私の大親友。先日私の体を心配して、訪ねて来てくれました
私の知らないところで、主人に、上記のような忠告をしたそうです

おじいちゃんのお世話をしてくれたのんきちゃんに、言わなきゃ!
「ありがたい」って思っているだけでは、思いは伝わらないよ。
口に出して「「ありがとう。お世話になったね」って言わないと!」と付け加えて帰って行ったんだそうです


実は、私自身も、葬儀の後、何かしら胸につかえたものがありました

通夜の席で、葬儀の席で、近所の方や親戚の人たちからは「のんきさん。長い間、お疲れさん!御苦労さんやったなぁ~」と言って下さる方も多くみえましたが、肝心の主人や弟妹からは、何の言葉かけもありませんでした。

嫁として、行きとどかないこともたくさんあり、また、同居して四六時中お世話する方も多い中、同居でもない私のやってきた事は、小さなことで、皆さんに褒めていただくことでもないと思うのですが、「労をねぎらってもらう」って気持ちをどこかで待っている自分がいました

「ありがとう。長い間おじいちゃんがお世話になったね」の一言で、どんなにうれしいか。
そして、「これからも、おばあちゃんの事。頼むな」の言葉が、ストレートに心に響くのに。。

主人から、義弟妹からは、私の体を案じて、いろいろと配慮してはくれましたが、「ありがとう」言葉かけはありませんでした

友人の言葉に促されながらも、主人から朝食後のひと時、蚊の鳴くような声で「ありがとう」と言われました。

R子ちゃんのお陰です。今回、主人が言ってくれた「ありがとう」の言葉と同時に友人の心遣いを、心底うれしく思ったのんきでした。
R子ちゃん。ありがとうね。

おばあちゃん2

12月31日。頸椎損傷で入院したおばあちゃん。
ずいぶん良くしていただきました。

急性期病院に入院したおばあちゃんは、集中的な治療が終わって、後は長期療養もしくはリハビリテーション治療が主体という状態です。

早急に転院をと言われていましたが、おじいちゃんの急な事が重なり、一日延ばしとなっておりました(そのような事を承諾していただいた関係各所に感謝です)


在宅での療養、または療養型の病院や施設。リハビリテーション専門病院等への転院。

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仲良しのおじいちゃん失い、私には想像もつかない大きな悲しみの中に身を置くことになってしまったおばあちゃん

義母の意に添うような方向に進めようと決めました。
ただ、全く、足に力をなくしてしまったので、歩くことができない状態では、帰宅は無理です

一旦、
リハビリテーション専門病院に転院してもらって、車いすでの生活になれる事を最重視。
うまくいけば杖をついて、または、手押し車で、歩けるまでに持っていければ万々歳
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先日、こちらの病院に転院しました。
見晴らしのいい高台の病室からは、昇る朝日がとてもきれいに見られるとのこと。
義母も、毎日3時間のリハビリを頑張っているようです

住み慣れた家を一部リホームし、私たち夫婦と一緒に、介護の手も借りながら生活したと思っています

というわけで、今、おばあちゃんとの合言葉は「49日に法要には、オウチに帰って、おじいちゃんのお参りをしようね!」です

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昨日、友人が「椿大社の節分祭に行ってきたから」と、福豆のおすそ分けをいただきました
節分を持って、新しい年となる!今年はいいことあるように。。。って。
うれしい「おすそわけ」でした。

大騒動してる間に。今日は立春だって。
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